2025/02/09 「──ミルクティーとティーラテって、何が違うんだろう。」

「──ミルクティーとティーラテって、何が違うんだろう。」

ふとした疑問が口をついた。放課後兄と繰り出したコーヒーショップ。レジ前の列に並びながら、看板のメニューを眺めている時だった。メニュー表にミルクティーとティーラテ両方の文字があるのを見て、不思議に思った。両方紅茶とミルクじゃん。何が違うんだろ。

「あ〜、それはだな」

兄が説明をはじめる。僕の兄は、僕よりよっぽど物知りで頭がいい。僕と同じ親から、同じ日に生まれ、僕と同じ顔をしているのに。

「ティーラテは、最初に濃い紅茶を抽出して、それをミルクで割って作るんだ。ミルクティーは、普通にお湯でストレートの紅茶を作った後、そこにミルクを入れる。」

「はぁ〜なるほど。よく知ってるね。」

「まぁな。人に聞いた。」

どうせ女の子に聞いたんだろうな、と僕は思った。兄はよくモテる。放課後に女の子と遊びに出かけたりしているのをよく見かける。そうやって兄がいない放課後は、僕はひとりで家に帰る。他に一緒に遊ぶ男友達は特にいない。ましてや女の子なんて。

「あ!」

「どうした?」

遊ぶ女の子はいないが、気になる女の子はいる。その子が友達と一緒に店の外に姿を現したのを見て、つい声が出た。ここのコーヒーショップ、よく来るのかな。わ〜、店に入ってくる。どうしよう。

普段遠くから見てるだけで、あまり話したりしない女の子だった。ただ人当たりの良いいい子で、クラスの中心でいつも楽しそうにしている。その姿を見るだけで、いつも胸がドキドキした。

「あぁ、あの子…」

兄は、急に僕の様子がおかしくなり、僕の視線がその女の子に向いているのに気付いたようだ。兄の視線もその子に向く。

すると彼女もこちらに気付いたのか、一瞬僕たちの方を見た。その後すぐ友達に何か一声かけて、急に踵を返す。彼女だけコーヒーショップに背を向けて足早に歩いて行く。他の友達だけが列の後ろの方に並んだ。

「もしかして…兄さん、あの子に何かした?」

その言葉が、つい口をついた。心臓に冷たいつららが刺さるような、痛いのか冷たいのかよく分からない心地だ。嫌な予感がする。兄の返答を聞きたくない。でも聞かなくてはならない。

「あ〜…この間告白されてね…」

やはりそうだった。兄はよくモテる。彼女も兄も、二人ともクラスの一軍グループにいる。何か芽生えるものもあったんだろう。

「そう……で、フったんだ?」

「まぁ、うん…」

自分の心の中に少しずつ育っていた、あの子に対する、淡い好意のようなもの。恋心とまで言っていいのか分からない。でも大事な気持ちだった。それが卵の殻のように、クシャッと潰れる音がした。

「そっか…」

僕はその後言葉が告げなくなり、少しの間沈黙した。

気まずい間が流れる。いや、兄は僕の気持ちなど知らないので、気まずいと思ってるのは僕だけかも。

そうしている間に列は流れ、レジの順番がくる。

「なんかミルクティーとティーラテの話したから、飲みたくなっちゃったな。俺ティーラテにしようかな。」

兄はそう言い、店員さんにティーラテのMサイズを注文した。

「お前どうする」

「えっ!じゃ、じゃぁ…ミルクティーのMで…」

僕はショックでぼーっとしていたので、急にそう言われて慌ててしまった。特段好きなわけではないが、ミルクティーを注文する。直前にその話をされたので、咄嗟に出てくるのがそれだった。

 

 

注文後しばらく待ち、それぞれが注文したドリンクを受け取る。店内の椅子に座り、それぞれがそれぞれのドリンクを飲む。

「あのさ…せっかくだから一口交換しないか?」

兄が人好きのしそうな笑顔でそう言う。

「あ〜…いいね、飲み比べてみよう」

僕はそう言い、ふたりともお互いのドリンクを差し出す。

「あ〜なるほど、見た目同じでも結構違うんだな。」

「確かに。何が違うんだろと思ったけど、飲んでみると割と味違うかも。」

そう、見た目が同じでも、中身は全然違うんだ。

さっきドリンクを待ちながら、ちょっと考えていた。気になるあの子に、「兄がダメなら、僕にしませんか?」って言っちゃえるんじゃないかって。だって顔は同じだし。両親も、生まれた日も、身長も体重も、僕たちは大体同じだ。兄のことが好きだったあの子なら、僕を好きになってくれる可能性もあるんじゃないかって。

でも違うんだ。そうじゃないんだ。

「ありがとな。これ返すわ。」

と兄が言い、僕のミルクティーが返ってくる。飲み比べてみたら、正直、ティーラテの方が好みだった。やっぱりティーラテにしておけば良かった。今更後悔しても遅いけど。

僕はいつだって兄を羨んでばかりだ。僕らは双子なのに、兄は僕が持ってないものを沢山持っている。

兄をどんなに羨ましいと思っても、僕は兄にはなれない。そんなこと当たり前だ。当たり前だけど、それを突きつけられたくなかった。

「何お前その顔。ミルクティーに変なものでも入ってた?」

兄がそう言いながら笑う。

その時僕がどんな顔をしていたのかは、僕には分からない。でも、本当だったら甘いはずのミルクティーは、なんだかとても苦い味がした。

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