「──ミルクティーとティーラテって、何が違うんだろう。」
ふとした疑問が口をついた。放課後兄と繰り出したコーヒーショップ。レジ前の列に並びながら、看板のメニューを眺めている時だった。メニュー表にミルクティーとティーラテ両方の文字があるのを見て、不思議に思った。両方紅茶とミルクじゃん。何が違うんだろ。
「あ〜、それはだな」
兄が説明をはじめる。僕の兄は、僕よりよっぽど物知りで頭がいい。僕と同じ親から、同じ日に生まれ、僕と同じ顔をしているのに。
「ティーラテは、最初に濃い紅茶を抽出して、それをミルクで割って作るんだ。ミルクティーは、普通にお湯でストレートの紅茶を作った後、そこにミルクを入れる。」
「はぁ〜なるほど。よく知ってるね。」
「まぁな。人に聞いた。」
どうせ女の子に聞いたんだろうな、と僕は思った。兄はよくモテる。放課後に女の子と遊びに出かけたりしているのをよく見かける。そうやって兄がいない放課後は、僕はひとりで家に帰る。他に一緒に遊ぶ男友達は特にいない。ましてや女の子なんて。
「あ!」
「どうした?」
遊ぶ女の子はいないが、気になる女の子はいる。その子が友達と一緒に店の外に姿を現したのを見て、つい声が出た。ここのコーヒーショップ、よく来るのかな。わ〜、店に入ってくる。どうしよう。
普段遠くから見てるだけで、あまり話したりしない女の子だった。ただ人当たりの良いいい子で、クラスの中心でいつも楽しそうにしている。その姿を見るだけで、いつも胸がドキドキした。
「あぁ、あの子…」
兄は、急に僕の様子がおかしくなり、僕の視線がその女の子に向いているのに気付いたようだ。兄の視線もその子に向く。
すると彼女もこちらに気付いたのか、一瞬僕たちの方を見た。その後すぐ友達に何か一声かけて、急に踵を返す。彼女だけコーヒーショップに背を向けて足早に歩いて行く。他の友達だけが列の後ろの方に並んだ。
「もしかして…兄さん、あの子に何かした?」
その言葉が、つい口をついた。心臓に冷たいつららが刺さるような、痛いのか冷たいのかよく分からない心地だ。嫌な予感がする。兄の返答を聞きたくない。でも聞かなくてはならない。
「あ〜…この間告白されてね…」
やはりそうだった。兄はよくモテる。彼女も兄も、二人ともクラスの一軍グループにいる。何か芽生えるものもあったんだろう。
「そう……で、フったんだ?」
「まぁ、うん…」
自分の心の中に少しずつ育っていた、あの子に対する、淡い好意のようなもの。恋心とまで言っていいのか分からない。でも大事な気持ちだった。それが卵の殻のように、クシャッと潰れる音がした。
「そっか…」
僕はその後言葉が告げなくなり、少しの間沈黙した。
気まずい間が流れる。いや、兄は僕の気持ちなど知らないので、気まずいと思ってるのは僕だけかも。
そうしている間に列は流れ、レジの順番がくる。
「なんかミルクティーとティーラテの話したから、飲みたくなっちゃったな。俺ティーラテにしようかな。」
兄はそう言い、店員さんにティーラテのMサイズを注文した。
「お前どうする」
「えっ!じゃ、じゃぁ…ミルクティーのMで…」
僕はショックでぼーっとしていたので、急にそう言われて慌ててしまった。特段好きなわけではないが、ミルクティーを注文する。直前にその話をされたので、咄嗟に出てくるのがそれだった。
注文後しばらく待ち、それぞれが注文したドリンクを受け取る。店内の椅子に座り、それぞれがそれぞれのドリンクを飲む。
「あのさ…せっかくだから一口交換しないか?」
兄が人好きのしそうな笑顔でそう言う。
「あ〜…いいね、飲み比べてみよう」
僕はそう言い、ふたりともお互いのドリンクを差し出す。
「あ〜なるほど、見た目同じでも結構違うんだな。」
「確かに。何が違うんだろと思ったけど、飲んでみると割と味違うかも。」
そう、見た目が同じでも、中身は全然違うんだ。
さっきドリンクを待ちながら、ちょっと考えていた。気になるあの子に、「兄がダメなら、僕にしませんか?」って言っちゃえるんじゃないかって。だって顔は同じだし。両親も、生まれた日も、身長も体重も、僕たちは大体同じだ。兄のことが好きだったあの子なら、僕を好きになってくれる可能性もあるんじゃないかって。
でも違うんだ。そうじゃないんだ。
「ありがとな。これ返すわ。」
と兄が言い、僕のミルクティーが返ってくる。飲み比べてみたら、正直、ティーラテの方が好みだった。やっぱりティーラテにしておけば良かった。今更後悔しても遅いけど。
僕はいつだって兄を羨んでばかりだ。僕らは双子なのに、兄は僕が持ってないものを沢山持っている。
兄をどんなに羨ましいと思っても、僕は兄にはなれない。そんなこと当たり前だ。当たり前だけど、それを突きつけられたくなかった。
「何お前その顔。ミルクティーに変なものでも入ってた?」
兄がそう言いながら笑う。
その時僕がどんな顔をしていたのかは、僕には分からない。でも、本当だったら甘いはずのミルクティーは、なんだかとても苦い味がした。
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