1月1日、午後2時。
お正月の神社は当たり前に混んでいて、一緒に来た恋人とはぐれそうになる。
「鷹也、あ、え、どこ?」
人混みの中で泣きそうになりながら辺りを見回し闇雲に探そうとすると、
「麻衣、こっち」
ぐっと手を引かれ、探していた恋人が碇のように自分を引き留める。
そのまま二人でお参りを済ませ、また離れないように手をつないだまま、本殿の人混みからどうにか脱出する。
「ふぅ〜すごかったね、人。疲れた…」
「マ〜ジすごかった。このあとどうする?屋台で買い食いでもしてから帰る?」
「う〜ん、もうちょっと見たいかも。おみくじとか引かない?どこだっけ…おみくじ…」
そう言いながら辺りを見回した麻衣は、おみくじを見つけた。が、そこにはまた当たり前のようにすごい行列が出来ており、人の頭の群れが見える。
「え、麻衣、あれに入る勇気ある?」
「ないかも…」
ちぇ〜しょうがないか、帰ろうか…と言って足を踏み出そうとする麻衣を不憫に思った鷹也は、去年のお正月の記憶を辿った。
「あ、俺、去年たくみたちとここ来た時も、ここのおみくじ混んでてさ。で、向こうの方行くとまたちっちゃい神様がちょこちょこ祀られてるんだけど、そっちの方ならいくつかおみくじの種類があって、そんなに混んでなくて、そっちで引いたんだよね。
こっちのおみくじよりちょっと高いんだけど、そっち行かない?」
麻衣はそれを聞いて、「え!いいね!行こ!」と目を輝かせる。どうしてもおみくじが引きたかったらしい。それを見た鷹也は顔をゆるませ、二人で小さい神社が沢山ある方向へ足を動かしていった。
「あ!猫みくじだって!カワイイ〜!!」
麻衣が指差した先には、「猫みくじ」というのぼりが立っている。そこには陶器で出来た小さな猫の置物がずらりと並んでいる。白猫、三毛猫、グレーの猫、黒猫…。
「確かにかわいい…けど、これどこがおみくじなんだ?」
そう言いながら近づくと、説明書きが書いてあることに気付いた。
「あ〜この置物の下側に穴が開いてて、ここにおみくじが入ってるんだ。」
「私これ買う!鷹也は?」
「俺は白猫にする。麻衣どの子にするの?」
1個300円と書かれている看板を見て、鷹也はお財布から100円玉を6枚出し、無人販売のお代を入れる箱に入れる。
「買ってくれるの?ありがと!私この黒猫にする。どの子にしようかな〜」
笑顔でにぱっと笑う麻衣を見てると、この笑顔が見れるなら、300円くらい全然出しますが…余裕ですが…としみじみと思う。
でもなんで黒猫なんだろう。黒猫って魔女のお供みたいな、不吉なイメージが強い。
「なんで黒猫なの?ちょっと不吉じゃない?」
それを聞いた麻衣は、バカなことを言うな、という風に顔の前で手をふりふりと振り、否定のジェスチャーをした。
「ふふ、それは欧米の話でしょ。日本では昔から黒猫は縁起がいい生き物なんだよ。だからこういうとこのおみくじにもいるんだと思うよ〜。日本では”福猫”と言って、幸運を運ぶ生き物だとされてきたんだよ。」
「そうなんだ。全然知らなかった。」
鷹也はそう言いつつ、やっぱり黒猫ってちょっと怖くないかなぁ…そう言われてもなんか不吉なイメージがどうしても拭えないし…と心の中で思っていた。しかし麻衣が嬉しそうなので、それは言わないでおいた。
「鷹也、私お手洗い行ってくるから、ここでちょっと待ってて。」
「あ〜じゃあ俺も行こうかな。出てきたらまたここで集合にしよう。」
二人はそう言って公衆トイレへ向かった。
こういう時は男の方が早く済むことが多い。鷹也は先に出てきて、別れる前に目印にした大きな木の前で麻衣を待っていた。しかし、麻衣が来ない。10分経ち、15分経ち、そこらへんでスマホでメッセージを送ってみたものの、既読にはならない。電話をしてみても出ない。30分経ち…いよいよおかしい。鷹也は、これは完全に離れ離れになったか…それとも俺がなんかして怒らせて帰っちゃったとか…こういう時ってどうすればいいんだ…とぐるぐると頭を回しはじめた。しかし、いい答えは出ない。途方に暮れるしかない。あぁ、どうすれば…
すると、”チリン”と音が聞こえた。
気付くと、目の前には黒猫が1匹座っていた。金の鈴をつけた赤いちりめんの首輪をつけた真っ黒な猫。つややかな毛並みが美しい。
鷹也が見惚れているのか呆けているのかぼ〜っとそれを見ていると、黒猫はゆっくりと歩き出した。そして、少し歩いて、こちらを振り返る。しばらく歩き、またこちらを振り返る。それを何度か繰り返した後、走ってこちらへ戻ってきた。そして鷹也の足にすりすりと体をこすりつける。
「何…?かわいいね。でも今それどころじゃ…」
そう言いかけた鷹也は、ふと黒猫の思惑に気付いた。
「ついてこい、ってこと…?」
鷹也がそう呟くと、黒猫は高い声で一言
「ニャ〜!」
と鳴き、またゆっくりと歩き始めた。
しばらく黒猫について道を歩いていく。段々道が細くなる。冬の夕暮れは早い。あたりが段々暗くなっていく気配がする。
「猫ちゃん、本当にこっちであってる…?やっぱ猫が道案内してくれるなんて過信しすぎだったかなぁ…」
そう言いながら歩いていたら、急に黒猫が立ち止まった。
またこちらを振り返り、
「ニャ…!」
とひと鳴きした。
「何…?」
と鷹也が呟くと、向こうの方から
「鷹也、鷹也〜〜〜!!」
と声がする。
そのままボスっと鷹也の体へ抱きついた。
「え、麻衣…!?」
「鷹也…あ〜よかった、トイレの出口、間違えて反対側から出たら、迷子になっちゃって…スマホも充電切れちゃって…このまま凍死するかと思った。鷹也が来てくれてよかった……」
麻衣は今にも泣きそうになりながら、ぺしょぺしょと話している。
そうだったんだ。呆れられて連絡もとらずに帰られた、とかじゃなくてよかった、という気持ちと、心配だったという気持ち、また見つかって良かったという気持ちがぐちゃぐちゃに混じり、鷹也もうまく言葉が出なくなる。
「うん…見つかって良かった。」
とりあえず、それに尽きるなと思った。麻衣が無事に見つかって、ふたりでこのまま帰れる。それだけで嬉しい。
「どうやって見つけてくれたの?」
そう言われて思い出す。
「あ、そういえば、黒猫…」
辺りを見回してみても、さっきの黒猫の姿はない。
「黒猫?ちゃんと持ってるよ。鷹也が買ってくれたんだもんね。」
鷹也の言葉を勘違いしたのか、麻衣が先ほど買った黒猫のおみくじを出してる。
「いや、そうじゃなくて…あれ?」
先ほどは気づかなかったが、よく見たらそのおみくじの黒猫は、金の鈴をつけた赤い首輪をつけている。
「あ〜そういうことか…」
「何?鷹也、どうしたの?」
不思議そうな顔をする麻衣に、思わず鷹也はこぼす。
「あ〜黒猫って、本当に幸運を運ぶ生き物なのかもね、って思って。」
「だからさっきもそう言ったでしょ。何?今更。」
俺がバカだった。黒猫に対する認識を改めるべきかもしれない。
「まぁまぁ…じゃぁ、帰ろうか。」
「そうだね。一緒に帰ろ!」
ふたりは手を繋ぎ…かけて、「あ!」と麻衣が声を出す。
「そういえば、これおみくじなのに、中身のおみくじ出してなかった!」
エヘヘ…と照れ笑いして、麻衣は置物の底面のシールを剥がし、中身を出そうとする。
「鷹也…何が出てくると思う?」
鷹也にはなんとなく答えが分かっている。
「う〜〜〜ん…
多分、大吉じゃない?」
※コメントは最大500文字、10回まで送信できます